期間工にチャレンジ!

トヨタ自動車の期間工だった頃の話 その2

20代半ばに差し掛かった所でまたトヨタ自動車へ期間工として働きに行きました。

当時関東にいたのですが、とにかく家賃が高い!貯金を切り崩していましたが、もう一度蓄える時期に差し掛かったと思いだしましたので、大変な仕事だと痛感していましたが、再度、トヨタの期間工を選びました。

理由は2つ。

  • キチンと満了しましたので選考で落ちる確率は少ない。
  • ある程度トヨタの文化には慣れていたし生産方式は安全である。

という訳で3度目の期間工へと挑戦してみたのでした。

面接

この時の面接は若干記憶にあります。面接官はビシッとスーツでキメて、凛々しいお顔立ちの中年男性でした。

オープンな感じの方だったので話も弾み、私の要望にもしっかりと耳を傾けてくれました。

私のその要望とは「前と同じ工場や部署への配属だけはやめて下さい。社員の方とは仲良くやってましたが、ギャンブル好きな方が多いのでどうしてもプライベートで関わるとお金を使わざるを得ません。今回は全く別の工場への配属を希望します。」ということでした。

面接官の方は「オーケーオーケー。その点は配慮しますよ。」と仰ってもらったので取りあえずは安心しました。

赴任してまず一ヵ所に集められて座学と健康診断はお決まりのコースでした。健康診断も問題なくパスして配属された工場は・・・

堤工場

面接官への要望は聞き受けられてもらいました。

当時プリウスの生産が増加傾向にありましたので、その人員の埋めに配属されたようでした。

工場の大きさは中規模といったところでしょうか。この時一緒にこの工場に配属された二人(部署は別)と仲良くなり、満了までずっとつるむ事になるのでした。二人とも年上でしたが、そんなことを気にせず、お互いバカなことを言い合えるような友達になれました。

そして、不測の事態でしたが、昔働いていた部署の方が堤に転籍されていて、そっから旧知の社員達にまた働きにきていることがバレました!

そんなこんなでやっぱりギャンブルに誘われる連絡は頻繁にあるようになったのです。トヨタは狭い・・・というか巡り合わせが悪いと感じる出来事でした。

出来るだけ旧知の方達とは距離を置き、一緒に配属になった二人と昼勤、夜勤関係なく週末はファミレスで飲み明かすという恒例行事の方へなるべく身を置くことにしました。

ファミレスでお互いに「オイリー?」とふざけ合ってた事がとても懐かしいです。要は仕事上がり、大浴場やシャワーを使用せずそのまま飲みに来てたら汗まみれで気持ち悪いだろうという意味でどうよサッパリしてきた?っていうニュアンスが含まれているおちゃらけた呼びかけでした。

あと驚いたのは、堤の中のある部署にヘルプに行くと高校の同級生が期間工から正社員になって結婚までしていました。イヤ、ホントこれにはビックリでした。顔見知り程度の同級生だったのでこの後特にからみはしませんでしたが、この時期よく正社員の登用試験に合格したものです。当時は狭き門でした。

田中和風寮というところだったと記憶していますが今はもうないようです。和風寮の跡地にはもう一軒家が立っています。

現在、田中町のトヨタ期間工の寮は田中清風寮に移転しています。

昔の寮は相変わらず、重い扉を開くと3部屋あって薄い壁という作りでしたが、ちょっと通りに出れば、そこそこのお店が揃っているという便利な環境でした。

寮の入口にはそこそこ広いエントランスのような椅子に座れる空間があって、ここで期間工どうしでワインのラッパ飲みなんてやってましたね。

週末に犬山城に行って買ってきた日本酒もここで飲み明かした記憶が・・・

当時は車の持ち込みが全面的に禁止でした。今は変わったようです。

1年以上の契約更新(シニア期間工)をしたものには申請の上で車を持ってきてもいいようになっているそうです。寮の駐車場の空き具合にもよりますが、空きがなければ、近くの月極を借りることになると思います。

ただし、出退勤での車利用はできないことになっています。あくまでプライベート使用ということでしょう。

通勤はこの前の投稿でも書きましたがバスが寮まで迎えに来てくれます。

勤務時間帯

この部分を前の投稿で書きそびれたので紹介しておきます。

一直昼勤:6:25~15:05

二直夜勤:16:00~0:40

となっています。これは昔と変わっていません。結構変則的だなーと感じていましたが、会社側は深夜手当(22:00以降)を支払わないで済むというメリットがあります。

残業もほとんどありませんでしたね。休出は幾分か出勤した記憶があります。

寮が遠いと朝5:00ちょっとすぎにはバスに乗り込まないといけないので拘束時間が行き帰りで長くなってしまいます。

私は運よく遅刻することがありませんでしたが、バス出発5分前に起きてバタバタ間に合ったという事もありました。

仕事内容

簡単に言うと部品運搬でした。トヨタの中では順建てとも言われてましたね。かなりご年配の方達だけで構成された班でした。一番歳が近いのは期間工どうしというゆる~い感じの仕事場でおやじさん方はみんな優しい方々。今憶えば結構ホワイトな職場環境でした。

エレカと言われる電動式の車で運搬台車を引いて行きながら、メインラインへ部品を供給する仕事でした。

組み立てに比べれば、ぶっちゃけ楽でしたね。ただここも前と同じくヘルメットを着用していました。仕事終わりにはエレカの充電必須です。

結構、覚えることは沢山ありましたが、基本的に誤品の投入はNGです。カンバンと言われるトヨタ生産方式独自のもので投入前に確認出来ましたので、誤品を投入した覚えはありません。ただ、最悪ラインが止まることもあります。

欠品と言って、部品メーカーからの供給が遅れて部品がなくなってしまうということはまれにありました。この場合、もし部品がギリで入ってくるようなら、優先的に補充する必要がありました。

かなり多くのポジションを任せてもらって、準組み立てのようなこともやってました。メインラインで流れている車の仕様通りに部品を組み立てて順番通りに置いた後、ある個数分出来たらメインラインに投入するという工程も担っていました。

ここは完全に独りぼっちです。

遠いのでなかなか、助けが呼べないという不都合もありましたが、私がいた時期に生技(生産技術)のお兄さんが自動運搬台車を作ってくれましたので、わざわざラインまで届けに行くという手間もなくなりました。

そしてどうしても忘れられないのがエレカで事故を起こしてしまったことです。優しいおやじさんの一人を運搬台車で挟んでしまいました。

ちょっと待って~。」という言葉を認識出来た時はもうエレカを発進させてしまっていて、急停車しましたが、間に合いませんでした。

事故です。

この後、頭が真っ白になってしまってことの顛末はよく覚えてませんが、GL(グループリーダー)より偉いCL(だったかな?)から直接ことの詳細をヒアリングされて、「おう、心配するな!」と言われたことだけが頭に残っています。

怪我は打ち身と擦り傷で済んだのですが、この後、正社員のおやじさんはこっぴどく叱られたようで泣いていました。大の大人が泣くってどんだけ!とここで自分のやってしまった落ち度の重大さに気付くのでした。

そして後に分かるんですが免許更新時期にゴールドではなくなっていました。事故案件として処理されていた模様。

残念ながらこういった運転の心得に関する教育講習は事前にありませんでした。工場内でぶつけたらホントにやばいんだよという事例です。

怪我を負わせてしまったおやじさんが「大丈夫、大丈夫。」と気遣ってくれるのが、逆に後ろめたい気持ちになる苦い思い出です。

事故の振り返りですが、

  1. 慣れない運搬場所で急いでいた
  2. 声の張れないおじいさんだったので気付くのが遅れた
  3. 急ぐ方に集中しすぎて注意が届かなかった

ということを周りには報告した記憶があります。

これ以降、無事故、無違反でゴールドカードには復帰しています。

給与明細

以前の投稿で公開している分よりこっちは沢山残っていました。

賃金支払明細票

一番多い月で手取り27万8千円ぐらいです。

最終賃金支払明細票

満了金明細票

一部無くしています。2度満了金は貰いました。

トヨタ自動車の期間工募集

応募はこちらからどうぞ。【工場ワークス】

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