期間工にチャレンジ!

トヨタ自動車の期間工だった頃の話 その1

20代前半期にトヨタ自動車での期間工もやっていました。その時の体験も綴っておきたいと思います。

私は昔から車に興味というものが沸かない人みたいです。実務上仕方ないので設計をやっていた頃は帰ってまで、自動車の本を読んでいた時期もありましたが、基本、車のパーツを変えたりという、俗に車をいじるなどということはやろうと思ったことがありません。(消耗品はもちろん交換します。)

そして、まだ当時インターネットは普及していませんでしたので、メーカーの規模などは全く知りませんでした。

ですので工場の経験としては生産技術がおぼつかないところと、飛躍的に生産技術が向上しているところの2つを会社を経験していると思っています。

ここで触れるのは私が期間工として働いた中でも1、2を争うぐらいキツイ工程でした。

面接

トヨタの期間工は募集している時期なら人口の多い都道府県だと大体行っています。私が面接に向かったのは近場のハローワークだったと思います。

一様、成人式で着たスーツを持っていましたが、この頃は特に考えることもなくラフな恰好で行ってました。

取りあえず三菱自動車で満了したよという履歴だけでしたが、若いということもあってか特に記憶には残らない面接でした。

多分、期間工面接での一般的な事柄、志望動機や希望する工場、借金やタトゥーなど一通り聞かれたのだと思いますが、全て該当することもなかったのでサラリと終わったんだと思います。

合格通知が来たので、「また2週間程、慣れるまで頑張れば何とかなる」という思いを抱きながら赴任したのでした。

本社工場に配属

本社工場(トヨタ町1番地)という響きで何か凄いんかな?と思っていましたが、仕事がべらぼうに大変でした。

そんな記憶だけが漠然と残っています。後で知ることになるのですが、トヨタは当たり外れがとても激しいのかもしれません。

同じ時期に入って同じ部屋だった若い子は広瀬工場という所に配属となり、仕事の内容を聞く限り、半導体などの部品を製造していた工場なので、とても楽な工程だったようです。

一度、別会社で期間工を経験している私は、多少キツくても、そう簡単にやめないだろう・・・未経験で私より若い子はキツイ所だと音を上げる可能性もあるので、取りあえず楽な所にという人事の思惑が透けて見えるような配属でした。

何だかんだ言いながらも一度満了後も再度赴任した際、再度同じ部署に配属されました。

分厚い扉をガラガラと開けるとトイレと洗濯機がまずあり、その奥に2部屋ある寮でした。

部屋は和風で南京錠での施錠。壁は薄かったと記憶しています。先ほど書いた同じ時期に入り、広瀬工場へ配属になった子と同部屋でした。

風呂は大浴場の共同で、入浴時間が限られていましたが、シャワーは24時間いつでも利用できました。

ただ、疲れを取るためには出来るだけお湯に浸かった方がよいです。

トヨタ生協メグリアというスーパーが近くにあったので大林寮だったはずだと思いますが、数ある大林寮のどこだったかは特定できませんでした。

住めば都と言いますが、それほど不便は感じませんでしたし、社員と仲良かったので、足が必要な際は車でよく送ってもらいました。

通勤

シャトルバスが毎日工場まで送ってくれるという日々でした。

乗り降り場に行って、帰ってくるという毎日が繰り返されます。

何本か便がありますので、遅刻したことはありませんでした。それでも必ずギリギリまで寝てて最後の便で送ってもらうというのが常でしたけれど・・・

仕事内容(満了1度目)

大型SUVのシャシー(足回り)の組み立て部署で、アイキャッチ画像にしていますが、ヘルメット着用が絶対でした。

まず、組み立てる部品自体がデカいんですね。これが。且つ人の限界のスピードが求められる・・・

仕事に就くまでは結構、酒浸りだったので、汗をかく量が半端なかったです。若いのでまだなんとかなったんですが、それでも水物ばっかりとるので体調は完全に崩れました。よく休まずに行ったものだと今でも思います。

そして厳しかったです。悪い意味ではなく、社員は仕事に情熱を傾けている精鋭が揃っている感じでした。

今でも覚えている言葉があります。「今は仕事を憶えてもらっている期間かもしれないが、練習なんて車は一つもない!これが世に出て売られることを自覚して欲しい」という旨の事を教えられたのを今でもはっきりと覚えています。

2週間ぐらい掛かってようやく独り立ち出来ましたが、仕事の量が多く、部品は重たい、無理な態勢を取らざるを得ないという工程だったので、ようやく慣れ始めた頃に体が悲鳴をあげるようになってしまいました。

股関節がおしゃかになったんですね。足をひょっこひょっこ引きずっていたものです。

仕事内容(満了2度目)

1度目と同じ部署でしたが、工程は一つ後ろの工程を任されて、仕事内容の三分の一ぐらいは検査をしなければいけない所でした。

ここで言う検査は私が考える限り、不正には当たらない所だと考えます。なぜなら、さらにこの後ろに検査工程があり、この工程以上の検査を行い、さらに別の工場へ運んで車体とドッキングさせた際、ここが最終検査を担ってることになるので、検査とは言われていましたが、予備測定のようなものでした。

日産やスバルが0回目車検の検査員について無資格のスタッフを使っていたという話題があった時に昔の自分を思い出してみましたが、私が担ったところは組み立て工程の一部で検査ラインではありませんでしたし、私が何かをチェックするわけでもなく、設備が判断して、問題があった際は手直しを行う上役が常に対応していましたので、設計や整備の知見がある私の考えですが、期間工が担っても問題ない工程だったと思います。

この辺りはトヨタが一番しっかりしています。日本車の品質を圧倒的に押し上げたのはトヨタの成果が大と思われます。

この工程の2つ後ろぐらいが検査ラインでしたが、正社員が担当していました。若い正社員の女性も2人いましたね。まあ検査なので楽だということもありますが・・・

パチンコやスロットにハマる

社員と仲が良かったと書きましたが、どちらかというとギャンブルにずっと誘われていたというのが実情でした。

この時期やっとスロットが普及し始めた頃でしたが、確かによく打ってましたね。勝ったときは10万ぐらい往くのですが、今思えば、パチンコ屋にせっせと貢ぎに行っているだけでした。

部署は違いましたが、前工程の正社員とよくパチンコ屋で顔を合わせていましたが、「パチプロになったら?」とよく言われてました。その方はそれなりの地位もあったのに私が期間工でいる時期に退職されてトラックの運ちゃんになったと風の噂で聞きました。

期間工とギャンブルは切っても切れない関係です。色んなサイトで期間工やっててギャンブルはダメ!と啓蒙している文章をよく読みますが、まさにそうですね。

効率よくやって収支がプラスならまだ救いようがありますが、有期雇用で、自らお金を失うリスクに飛び込んでいくのは愚の骨頂です。

私は社員のご機嫌取りのようなミッションでもあったと思うので全てが無駄であったという訳ではないと思っていますが、もう満了前から飽き飽きしていた感情は抱いていました。

ホントに社員の方々からは色んな所に連れ廻されていたという記憶しかないです。競馬(中京競馬場)、競艇(蒲郡競艇)、そしてパチ屋・・・

こう言っては何ですが、やはり学歴が低いとギャンブルにのめり込むという構図が私の中では脱ぎいきれません。後々、設計をやったんですが、その頃はギャンブルの話を聞いたことがありませんでした。同じ自動車業界なのにここは非常に不思議な点です。学歴とギャンブルの相関関係というものを見てみたいものです。

給与明細

賃金支払明細票

当時のトヨタからもらっていたのは賃金支払明細票と言います。一部残っている分がありましたので、その分だけ公開しておきます。

訂正追加50000円というのがありますが、多分、特別手当10万円の内の5万円というやつだったと思います。入って2ヶ月に分けて振り込まれます。

基金掛金5460円って謎です。年金の一部にでもなってれば、ありがたいんですが・・・

食事代3574円は少なすぎですね。入ったばかりで食事がまともに出来なかったんでしょう。

トヨタで20万円代後半の振り込みは珍しいですね。今は当時より日給が上がってますので、特別手当を加算されなくても、20万円代後半はある月が出てるのではないでしょうか。

食事代が倍になってます。

一気にガクッと落ちましたが、長い連休があった時期です。研修助成金ってなんぞ?150円の研修なんて思い出せない・・・

左上がぶれていて、スミマセン。これが分かりやすいと思いますが、基準賃金19万、出勤20日なので日給9500円だということが分かります。

食事代少しアップ。そしてまた謎の研修助成金300円。

出勤日数が多かった分、振り込み額が多少なりとも大きくなっています。

食事代が初めのころに比べると4倍に。食べ過ぎですね。

謎の研修助成金が600円。

最終賃金支払明細票

ご飯食べすぎでしょ!と自分に向かって言いたくなる額です。ざっと初めの月の5倍程。満了すれば、帰任旅費というものもあります。

んで、こっちがホントに最後の月の給与です。流石に控除項目で引かれる額が少ない!

満了金明細

控除額を引くと30万には至りません。初めの6ヶ月の満了金は大体どこもこのような感じです。

現在のトヨタ自動車の期間工待遇

このブログサイトを書き始めた頃から又100円日給が上がって9800円から9900円に上昇しています。

在籍1年目の年収で450万ぐらいとあり、私が働いていた頃より、賃金面、生活面などよりよくなっていると思われます。

応募はこちらから。【工場ワークス】

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